人物ポートレート中心の写真家として活動していた秋山庄太郎は、スケジュールの隙間を縫うようにスタジオの片隅で花撮影に熱中しました。「四季を通じて花屋の店内は常に百花繚乱の態である。世界各国のフラワーショップを見て来たが、日本の花屋くらい多種多彩な花の揃っている国はない」と言う秋山は、花の美しさを引き立たせるため、さまざまな工夫をしました。
 そのひとつが「背景」です。青空や夕暮れ時を撮った写真を大きく引き伸ばしてボードに貼ったり、黒い背景には手芸雑貨店で買ったビロードを垂らしたり…。日曜大工店で買ったボードにカラースプレーを吹き付けたものなどもあります。「美しきをより美しく」。あなたらしい表現方法で楽しんでください。(文・秋山庄太郎写真芸術館)


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 秋山庄太郎の花写真に使われている小物類は実に多岐に及びます。花器、花鋏などをはじめ、貝殻、枯葉、木の実、トランプ、壊れた古時計、釘、馬蹄、石、バケツ、灰皿、ランタン、マグカップなどなど。古美術店や骨董品店などで民芸品、伝統玩具、食器類などを探すのも大好きでした。
 脇役として写る名もないものであっても、その品があるかないかで、あるいはその品であるかどうかで、作品としての持ち味が変わってしまう場合があります。さりげなく選んだかのように見える小物であっても、作者としてのこだわりが結実したものといえるでしょう。(文・秋山庄太郎写真芸術館)






 秋山庄太郎の室内花写真は、自身のスタジオ以外での撮影もありました。なかでもちょっと驚かされるのは、病室での撮影です。喉のポリープ手術で1週間入院した折、「光線のよい午前10時から12時まで、お見舞いにいただいた花を被写体に習作を撮り続けた。北側で弱い反射光しか入って来ないが、感度400、いっさい手持ちでシャッターを押した。わずかに青味がかったが、決して結果は悪くないのでフィルターを併用せず、5000カットほど撮って退院した」旨を語っています。
 後日、そこからのセレクトを看護師さんたちに見せた秋山は、「こんな患者さんは始めてですよ、と呆れられた」と苦笑。お見舞いの花を下さった方には、その花を撮影したプリントで快気祝いのお返しにしていました。(文・秋山庄太郎写真芸術館)
※病室での花撮影は病院の許諾を得てください。



あきやま・しょうたろう
写真家/1920年東京・神田に生まれる。早稲田大学商学部卒業。戦後、写真館(秋山写真工房)、近代映画社写真部を経てフリーランス。女性ポートレートを数多く手がけて活躍。40代半ば頃から花を本格的に撮り始め、以後ライフワークとする。日本写真家協会、日本広告写真家協会、二科会写真部創立会員。紫綬褒章・旭日小綬章受章。2002年秋山庄太郎「花」写真コンテスト創始。2003年写真賞選考会場にて急逝。享年82。