「うまい具合にならんだ二輪の花たちは、寄り添う男女にも似て、私には花が、どこか擬人的に見えるのです。」(1992年)

秋山庄太郎は抽象写真を撮るとき、空の雲がパンに見える、天井の木目がお化けに見えるといった「何かが何かに見える」をアプローチのひとつにしていました。花についても、擬人化したり、何かに見立てたりして撮ることがよくありました。この作品は、花が花を慰めているかのようにも見えます。
花を「おいしそうに」撮るとか、「匂い立つように」撮るといった、五感に働きかけるような感性も大事にしていました。そうした作品には、見る人に想像を喚起させる魅力があります。(文・秋山庄太郎写真芸術館)



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