秋山庄太郎略歴
1920年 (大正9) 6月8日、東京・神田に生まれる。
1933年 (昭和8) 13歳 東京府立第八中学校(現・都立小山台高校)入学。
このころ小型カメラのパーレットを買ってもらい写真を撮り始める。
1943年 (昭和18) 23歳 早稲田大学商学部卒業。作品集『翳』を自費出版。
陸軍に召集され、約2年間中国大陸を転戦。
1946年 (昭和21) 26歳 東京・銀座に秋山写真工房を開設。
1947年 (昭和22) 27歳 秋山写真工房閉鎖。近代映画社写真部に入社。
写真家集団「銀龍社」結成。
1950年 (昭和25) 30歳 日本写真家協会創立会員となる。
1951年 (昭和26) 31歳 近代映画社を退社、フリーランスのカメラマンとなる。
1953年 (昭和28) 33歳 二科会写真部創立会員となる。
1955年 (昭和30) 35歳 東京・麻布今井町にスタジオ開設。
『カメラ毎日』に「東京エキゾチシズム」発表。
『アサヒカメラ』に「新劇の人々」連載。
1956年 (昭和31) 36歳 写真家集団「ギネ・グルッペ」を結成。
1957年 (昭和32) 37歳 『アサヒカメラ』に「夫婦」を連載。
1958年 (昭和33) 38歳 東京・麻布笄町にスタジオ移転。
日本広告写真家協会創立会員となる。
1959年 (昭和34) 39歳 『週刊文春』表紙写真の連載開始。
1960年 (昭和35) 40歳 2〜6月、パリ外遊。
1961年 (昭和36) 41歳 第1回日本広告写真家協会展・東京ADC賞受賞。
1964年 (昭和39) 44歳 東京・西麻布にスタジオ移転。
1965年 (昭和40) 45歳 このころ本格的に花を撮り始める。
1971年 (昭和46) 51歳 日本広告写真家協会会長に就任。
1972年 (昭和47) 52歳 『週刊小説』に「作家の風貌」連載開始。
1974年 (昭和49) 54歳 『週刊現代』の表紙連載と『週刊小説』連載の「作家の風貌」で、
講談社出版文化賞受賞。
1975年 (昭和50) 55歳 『月刊美術』に「現代日本の作家たち」連載開始。
1979年 (昭和54) 59歳 日本広告写真家協会名誉会長に就任。
1980年 (昭和55) 60歳 「花の会」結成、会長に就任。
日本写真芸術専門学校校長に就任。
1986年 (昭和61) 66歳 紫綬褒章受章。
1990年 (平成2) 70歳 日本写真家協会名誉会員となる。
1993年 (平成5) 73歳 勲四等旭日小綬章受章。
1994年 (平成6) 74歳 全日本写真連盟副会長に就任。
1997年 (平成9) 77歳 日本写真協会副会長に就任。
1999年 (平成11) 79歳 町田市フォトサロン「秋山庄太郎美術館」開館。
2003年 (平成15) 1月16日、東京・銀座の写真審査会場で倒れ、急逝。享年82。